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画家紹介001 劇的な神話画を描く画家の王 “ルーベンス”

初投稿は大好きな画家ルーベンスについて。
“王の画家にして、画家の王”、そんな二つ名を冠し名声を欲しいままにした、バロック時代を象徴する画家ルーベンス。彼の魅力について語ります。

目次

神話画が演劇のワンシーンのように迫ってくる

ルーベンスと言えば、『フランダースの犬』でネロが憧れた《キリスト昇華》/《キリスト降架》が有名ですよね。この二つの絵画はルーベンスが活躍したアントウェルペンの聖母大聖堂にあります。そんな厳かな雰囲気の宗教画も得意としていたルーベンスですが、私は演劇のワンシーンのように迫まってくる神話画に魅せられています。

大好きな神話画のひとつである《The Fall of Phaeton(パエトーンの墜落)》を紹介します。
ワシントンのナショナルギャラリーに所蔵されている作品なのですが、実はこの作品、2018年に国立西洋美術館で開催された「ルーベンス展 バロックの誕生」で日本に上陸したのです。実際に鑑賞し、圧倒された思い入れのある作品なので、振り返りも兼ねて選びました。それでは観てみましょう。

Peter Paul Rubens – The Fall of Phaeton (National Gallery of Art). https://www.nga.gov/collection/art-object-page.71349.html

暴れる四頭の馬、空中でひっくり返る馬車、逆さまに墜落する青年パエトーン…。馬や人の秩序を失った激しい動きから尋常でない事態にあることは伝わってきます。言葉なくとも状況のカオスさと緊迫感が伝わる作品ですが、少しだけ解説させてください。

この作品の主人公パエトーンはオリュンポス12神が1柱のアポロンの息子です。アポロンは太陽を司り、牧畜、予言、医療、弓術、詩歌、音楽…の神で、ギリシャ神話界のエリート中のエリート、そんな偉大な神は息子に構ってあげる時間もない。しかし、神の子だからといって寂しさを感じない訳ではないんですよね。むしろ、ギリシャ神話の神々は人間より人間らしい感情を持っていて、そのために奇想天外な物語がいくつも生まれています。笑

ある日、父に構ってもらえない寂しさと偉大な父の息子であることから来る自尊心、そんな感情に突き動かされたのでしょうか、パエトーンはアポロンの空飛ぶ日輪馬車を借りることをせがみます。そして、アポロンは構ってあげられない後ろめたさから、可愛くも愚かな息子の願いを叶えてしまうのです。これが悲劇の始まりでした。

アポロンの言うことしか聞かない四頭の暴れ馬は、パエトーンの指示など受け付けません。空を暴れ回り、地上を焼き尽くす日輪の馬車。四頭の馬は好き好きな方向へ駆け、周りの神々も止めることはできません。御者として乗るパエトーンはどうすることもできず、ただしがみつくのみ。そんな状況を終わらせるために動いたのが絶対神ゼウスでした。

本作品はゼウスの雷電がパエトーンに打ち下ろされる、その瞬間が描かれているのです。この息を呑むような悲劇の一瞬に時間を忘れて見入ってしまったのを覚えています。馬も神々も暴れ狂い騒々しい画面であるはずなのに、パエトーンが雷電で粉々になる、この一瞬だけは静かで悲しいですね。

模倣が神話を具現化した

神話という伝承の物語が、リアリティを持って迫ってくるルーベンスの神話画。その秘密について迫ろうと思います。

その秘密の一つが模倣です。
ルーベンスの作品に登場する神々は理想化された肉体と独特な躍動感で見る人を惹きつけますが、これは古代ギリシャ・ローマの作品を模倣し身につけた表現だったようです。ルーベンスはその生涯の中でイタリアに二度渡り、特に古代美術について学びました。古代彫刻の持つ完璧に理想化された肉体美やそこに根差す物語を吸収するために、さまざまな角度から模写を行いながら研究し、その素描は宝物のように生涯手放さなかったようです。

そこで学んだものは実際に作品の中に投影されています。当時流行していた古代彫刻《セネカの死》や《ベルヴェデーレのトルソ》などの構図はギリシャ神話の神々に姿を変え、作品に登場します。自分が美しいと思ったものを集め、より美しいものを生み出す模倣こそがルーベンスを画家の王に昇華させたのだと感じます。

古代の作品のみならず、医学や天文学の知識を取り入れたり、ルネサンス期のラファエロ、ミケランジェロ、ティツィアーノの作品から影響を受け、自らの作品に取り込む挑戦もしています。この知識を頭の隅に置いて作品を見てみると、装飾的でドラマチックな配色はティツィアーノ特有の配色に影響を受けているように感じます。

下の作品は《Mars and Rhea Silvia (マルスとレア・シルウィア)》です。実はこの作品もルーベンス展で日本に上陸した傑作です。色彩表現に注目してみるとヴェネティア派の画家の表現に近いものが感じられますが、鮮やかな赤を効果的に用いることでさらにドラマチックに仕上げています。それがルーベンスらしい緊迫感を作品にもたらしていて、魅了されますよね。ルーベンスは他の作品でもこうした鮮やかな赤を好んで用いています。

File:Rubens - Mars et Rhea Silvia.jpg
Peter Paul Rubens – Mars and Rhea Silvia. (Liechtenstein Museum). https://www.liechtensteincollections.at/sammlungen-online/mars-und-rhea-silvia2

ルーベンスとの出会い

私がルーベンスの魅力にはまったのは、たまたま潜り込んだ大学の授業で国立西洋美術館のキュレータ、渡辺晋輔さんに出会ったことがきっかけです。自分の大好きな絵についてこんな風に話せるようになりたい、一歩踏み込んで絵を理解したい、そう思いました。そして、講義の後、観に行ったルーベンス展では絵の迫力に圧倒され、当時購入したポストカードを眺めては今でもうっとりしてしまいます。笑

美術館はキュレータが愛を込めて選び抜いた作品が、一番魅力が伝わるような配置で展示されていますので、ぜひ実際に訪れて素敵な時間を過ごしてください。実際に鑑賞して感動した作品はずっと大好きな作品であり続けるはずです。

参考資料

・「ペーテル・パウル・ルーベンス 絵画と政治の間で」中村俊春
・「岩波 世界の美術 リュベンス」岩波書店

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この記事を書いた人

芸術と技術が好きなサボテンです。
自分を構成する知識や体験を少しずつ書き留めたい。

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