“マティス展” についての記録です。
画家にフィーチャーした展覧会が一番好きです。行くたびに大好きな画家が増えてしまいます。笑
様々な表現の探究を繰り返し、鮮烈な色彩表現でフォーヴィスム(野獣派)を生み出したマティス。彼の生涯に迫った展覧会の感想を記します。
表現方法を探究した研究者マティス
鮮烈な色彩表現でフォーヴィスム(野獣派)の画家として広く知られるアンリ・マティス。私も展覧会の前はその印象だけを持っていました。フォーヴィスムの奇天烈な色彩表現が偶然評価されたために有名になった画家であると。
その印象は本展覧会で一変します。フォーヴィスムは終着駅ではなく、鮮やかな色彩と光の表現を真摯に探究したマティスの実験の一つだったのです。誰よりも試行錯誤を繰り返し、時に苦悩しながらも築き上げた表現だと理解できたとき、フォーヴ(獣)と呼ばれた色彩表現が数式のように理性を伴う美しさを持ち始めます。不思議ですね。
特に印象に残った作品を紹介します。
一人の画家の挑戦とは思えない表現の振れ幅、試行錯誤の痕跡の数。
どこに隠されているかも、存在するのかも分からない自分の理想とする表現。その表現を見つけ出す日が来ることを強く信じ試行錯誤を続けた日々を思うと、その精神力に心を打たれます。
《読書する女性》
コローの人物画を彷彿とさせる写実的な絵。
背景の彫刻やガラスも細かく描写されている。
当時、モローのアトリエで新しい表現を探究していたマティス。その場にはキュビズムで花咲かせるジョルジュ・ブラックもいた。
《豪奢、静寂、逸楽》
ポール・シャニックの点描画を研究する。
色彩とデッサンの融合という課題を解決するには至らない。
フォーヴィスム到来の直前。
《白とバラ色の頭部》
ピカソやブラックの描くキュビズムに影響を受けた作品。
「キュビスム」の名称は《レスタックの家》を目にしたマティスが「小さな立方体(キューブ)」と評したことが始まりであり、相互に影響を与えていた。
《背中I-IV》
人体を垂直線として再構築する実験過程のブロンズ像。マティスは、彫刻や象といった立体物を用いて、人間や物体の本質を捉える表現を模索した。
人間として認識できる形状の構成の限界とは。その限界を色彩で補うための方法とは。そんなことを実験していたように思う。
《赤の大きな室内》
マティスの色彩表現を発揮したヴァンスのアトリエシリーズのフィナーレ。
対として描かれた敷物、鉢、机。後ろの壁は現実空間では、垂直に重なっている。
マティスは色彩の量が質に影響することを述べている。
この作品は形態を色彩の量に還元した表現。
色彩のデッサン《ジャズ-運命》
展覧会で見たマティスの切り絵がとにかく面白かったのです。
マティスは色彩とデッサンの乖離という課題に取り組み続けていたのですが、そこで行き着いたのが切り絵でした。油絵やデッサンでは色彩は一度張り付くと離れなくなり、色彩の量と配置で世界を表現しようしたマティスにとってその性質は足枷でした。しかし、切り絵は色彩の配置を何度でもやり直すことができる。それは理想の色彩表現の探求において画期的な手段となったのでした。
記憶が手を動かす間に色彩が世界を表現する、そうして完成したのがジャズという切り絵の書籍です。
切り絵の中のそれぞれの色が持つ幾何的な形状は、最低限の情報しか持っていません。それを補完するのが色彩の量と配置ですが、正直なところなぜこの画題なのか分からない作品も多くありました。しかし、それが面白さでもありますよね。モダン・アートの、鑑賞者に想像を掻き立てる要素は、マティスのこうした遊び心が受け継がれたものだと感じます。私は絵しりとりのような感覚で、作品の題名を想像しながら鑑賞を楽しんでいました。
私の一番のお気に入りの作品は《運命》という作品です。
左から右に時間の流れ、景色の距離の違いを感じます。
まとめ
マティス展は画家の人生に向き合う展覧会でした。
画家のことを理解したと感じた時、振り返って観る作品の解像度は異なります。いや、解像度もそうですが一番変化するのは立ち位置かもしれないですね。ふと画家の気持ちを考えてしまいます。どうしてこの絵を描こうとしたのか、何を描こうとしたのか。絵を通じて画家を、画家を通じて絵を観るのです。展覧会を通じて、マティスは人を楽しませる表現を探究したのだと私はそう感じました。
ちょっとしたTipsを。これは秘密にしておきたいことでもありますが、東京都美術館の一階に美術情報室があるのをご存知でしょうか?そこにはたくさんの美術書籍が部屋いっぱいに揃っています。展覧会の後に振り返ったり、画家について調べたりするのに最適ですし、座っているだけで癒される素敵な空間です。皆様もぜひ利用してみてください(空いています)。
最後に私が一番好きな作品を。
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